Hiroshima University Orthodontic Alumni Association
広島大学歯学部歯科矯正学教室 同門会

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【丹根教授就任】1993.7.1-

丹根一夫 平成5年7月1日に大阪大学から丹根一夫先生が教授に着任された。

 大学の先輩である山内先生より教室を引き継がれ、良き慣習を残しながら教室に新しい風を吹き込まれた。特に春に催される医局旅行や、新人教育打ち上げ、セミナー室での歓送迎会などはずっと続いている。そのような場面で就任当時から変わらず、教室内外の若手にもよく気さくに声を掛けられていた。そんな丹根先生の人柄や気鋭の仕事ぶりが全国に広まったことから、多くの入局志望者が全国各地より集まった。医局員の数も40人超の時代が長らく続き、歯学部臨床講座の中で1、2位を争う大講座となっていた。さらに本学出身者と他大学出身者を分け隔てなく扱い、個々の経験や能力に応じてポジションを与えることにより、活気ある教室が形づくられていき、結果として教室全体の業績が上がることとなった。その中で特筆すべきは、広い国際性の視野から、教室員の幅広い活躍の場を海外の研究機関に求めた結果、多くの教室員が海外留学の機会を得たことであろう。同時に国際学会での発表や、国際的に評価の高い学術雑誌への論文投稿を促された結果、国内外の関係機関に認知される成果を上げた。この先見性は、現在の広島大学の国際戦略とも一致しており、当時の歯科矯正学教室の高い評価が今につながっていると思われる。

 一方の附属病院でも歯科ではトップの診療実績を達成し、有給者の採用にもご尽力いただき、教室員の面倒を幅広く見られた。他に、診療科の中でいち早く先駆けて診療時間を延長し、夕方診療を始めたことは今でも病院における矯正歯科の優位性や患者への利便性につながっている。

 丹根教授は、広島大学歯学部長、広島大学病院副病院長、広島大学医療社会連携センター長などを歴任され、大学を現在の状態に発展させられた。とりわけ歯学部長時代は、大学院部局化や法人化の検討されていた時代で中央省庁との折衝に大変ご苦労されていたが、教室員の大半はそんなことを知る由もなく、丹根先生に育てられた中で、自分達のするべきことに邁進していたと思われる。このように丹根教授時代には教室員が日々の診療に励みながら、研究成果の発表の場を国際雑誌に数多く求めただけにとどまらず、多くの歯科矯正学主任教授を輩出したことからも、人材育成に惜しみなく力を入れられ教室員をそれぞれの高みに導かれたことが、最大の業績であったと言える。そのことが、本教室の中興の祖として多大なるご貢献があったことに他ならない。

(出典;同門会会報・教室開講50周年記念誌より)